2011年12月9日
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メディア紹介

< 2012年1月31日付 山梨日日新聞 記事 > タイトル: 「山梨の森は今」 第2部 里山の苦悩 「土地所有者が分からないので、間伐計画を立てることができない。これでは間伐事業が成り立たなくなるケースも考えられる」-。早川町森林組合の京島孝佳さん(41)は今、危機感を募らせている。 「地図と照らし合わせても土地がなかなか合致しない。確認作業には苦労してます」。同町で間伐に取り組むNPO法人「早川山守会」事務局の小倉伸一郎さん(61)の悩みも深い。  山の土地の所有者が分からず、境界線も分からない・・・。そんな事例が県内の森で増えている。町面積の96%を森林が占める早川町。林を維持するために必要な間伐には1ヘクタールで15乃至60万円が掛かるという。しかし、林業の衰退で、山に投資するメリットは薄れ、次第に手が入らない森林が増えた。過疎化が進み、山を残したまま移住する人も増えた。  農林業センサスによると、所有者がその地域に住んでいない「不在地主」が所有する県内の森林は、2000年が3万1184ヘクタール。05年には3万1358ヘクタールとなり、174ヘクタール増えた。いったん、山とのつながりが途絶えて時間がたつと、所有者が今どこにいるのか、誰が所有者なのかも分からなくなるケースがある。その結果、山は放置され、荒廃林が増える悪循環となる。  早川町は、森林の荒廃を食い止めようと、所有者に代わって、間伐に当たる事業に取り組んでいる。森林所有者、町森林組合が協定を結び、町が組合に作業を委託する仕組みだ。間伐に掛かる費用は町が全額負担する。2010年度は同町湯島地内の森林5.3ヘクタールを間伐。11年度も約5ヘクタールの間伐を予定している。  だが、所有者不明の森林の多さが作業のネックとなっている。所有者の許可を得て、土地の範囲が確定されなければ作業には入れないが、調べても所有者が分からないケースが出てきた。このため、所有者が分かり、境界線が比較的明確な場所で間伐作業を行わざるを得なかった。そのため作業場所は「飛び地」となり、効率は悪くなった。  所有者が分かっていても「小規模地主が多く、1ヘクタールの土地が何人もの地主で構成されているケースが多い」と京島さん。湯島の5.3ヘクタールの森林も30人ほどの所有者がいる。森の中での境界線の確認作業は手間もかかる。  町の間伐代行事業は「100年の森づくり計画」と名付けられている。町振興課は「木材の流通経路を確保できるのが一番」としながらも、「今は森林整備を進め、次世代にどれだけよい山を残してあげられるかが大切」と、間伐代行の作業を進める。  山守会の小倉さんも、山が以前のような「資産ではなくなっている」ことを嘆く。「山で仕事をしたい人と、山を整備してほしい人とのマッチングの機会を増やすことも必要だと思う」。山を再び地域の資産とするために・・・。その思いを胸に間伐作業に当たっている。   < 2012年1月付 早川町広報誌 No.567 記事 > 辻一幸早川町長の年頭あいさつ「早川新時代をめざして」 町民の皆さんには、希望の新年を迎えられたことと存じます。(中略) 大震災における原子力発電所の事故は、大変な事態となっています。早期の収束を図ることが国と東京電力の責任でありますが、原子力発電優先で、経済第一主義に走り続けた国の構造は、国土に過疎、過密を生み、私たちの町も今日に至ったといえます。 こうした中でも、早川町はいつも活力のある町への努力を続けています。それは、誰もがふるさと早川に対する思いと、誰もがこの町をみんなで守り抜くという強い思いがあるからです。このたびの災害への対応や東日本大震災への町民の思いやりを見ても、そのことを強く感じます。 昨年も、上流研の活発な活動、NPO早川山守会の台頭や、トラねこ市の開催、「ココロト」での町民の文化展開催等々、これまでの旧村一拠点づくりの上に、さらに新しい息吹が芽生えだしました。(中略) 変化が到来している今日、私たちは自らが変わり、また自らが強い決意でこれからを変えていかなくてはならないと思います。 足元の暮らしをもう一度考えてみよう。そして自分たちの地域のよさや価値を再認識してみよう。自然と共生していく暮らしや、その中で本当の豊かさや生き方を見つけ出す努力を自らがしていこうではありませんか。   < 2011年12月9日付 山梨日日新聞 記事 > 早川町早川のNPO法人早川山守会(早川一誠理事長)は、山林の間伐作業や遊休農地の解消に取り組んでいる。早川集落の山で間伐したヒノキなどを、自作の炭焼き窯で焼く。農業用の粉炭として販売して収益を挙げ、将来的には雇用確保と定住促進につなげたい考えだ。同NPOには、地元住民や県外からのボランティア約20人が参加。今年5月にNPOに移行し、これまでに竹林の間伐や遊休農地での大豆、米の栽培を進めてきた。 7月には、公益社団法人国土緑化推進機構の「緑の募金公募事業」に応募。活動内容が認められ、2年間で約430万円の助成を受け、同集落の奥峰と呼ばれる山で間伐作業に取り組んでいる。奥峰は約8割がヒノキや杉の人工林。2011年は1ヘクタール、12年には3ヘクタールを間伐する。また、2年間で竹林や里山4ヘクタールを間伐する計画。切り倒した木は、自作の炭焼き窯で粉炭に加工。粉炭は「針葉樹林の炭は柔らかく粉にしやすく、ミネラルを豊富に含む」(同NPO)として、農業用の肥料として販売する。 このほかにも、早川集落で遊休地となっていた田畑約5千平方メートルを地主から借り受け、米や大豆、そばを栽培。収穫した作物は2割を地主に還元するほか、メンバーの実労働時間に合わせて分配したり、販売するなどしている。今後は、間伐材を炭以外にどう活用するかや、粉炭販売による収益確保が課題。収入を安定させ、雇用確保と定住促進につなげていきたい考え。早川正治理事は「間伐作業を軌道に乗せ、一つの事業として成り立たせたい」と話している。

2011年11月6日
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早川の間伐材を利用した木工製作

早川山守会の活動に参加するために、早川町に移り住み1年になりました。「楽しいですよ!」 今回は、桐でまな板作りに挑戦を致しました。 山林で伐木され2年ぐらい経過した、直径50cmの桐を見つけました。 チェンソーで、長さ50cm・幅5cmに縦切にします。 板状にした表面を、チェンソーを寝せて凹凸を削り平にします。(手製の製材) 「伐木後2年も経つのに、多量の水分を含でいて切粉が顔に当たると痛い。作業洋服も水でビッショリ。」 難点は、表面を削っていると時々木の節が出てくる。 最悪、桐には申し訳ないが破棄します。 用途に応じた大きさに四隅を切り取ります。 普通は1~2年かけ自然乾燥するそうですが、今回は6カ月に短縮いたしました。 乾燥途中に、ヒビ割れや反りが出てきます(乾燥の目的)が、 ヒビ割れしないことを願うばかりです。 親父の形見のカンナで仕上げ。 しばらく使っていなかったので、先ず刃の研ぎをしました。 厚みを2~3cmまで、水平を取りながらひたすら削ります。 木の目に合わせて削りますが、時々途中から逆木になる面もあり、カンナ刃の調整が大変でした。 最終仕上げは、サーフェスを掛けて完成。 「あっ、軽い」 桐のまな板は、抗菌・消臭・防虫・防カビそして 包丁の刃を傷めないなど効果があるそうです。 オーダーメイドの製作を受けようかな! (文責:相澤)

2011年11月1日
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遊休農地を活用した米作り・畑作

早川山守会は、2011年度の事業計画の一つとして、早川町早川集落における遊休農地を利用した営農事業を開始しました。早川集落には、居村と呼ぶ住居が存在する地域に若干の田畑がある他、近くの河原(清水地域)に約2haの田畑がありますが、高齢化のため、特に河原の田畑に関して、作物を作らない状態で何年も経過している農地が数多くあります。 早川山守会は、このような遊休農地を地主の方々からお借りして、草刈り、耕運、代掻きなどの作業を経て、2011年度に、4反(40a)の水田における米作りと1反(1a)の畑におけるそばや大豆の栽培を行っています。 出来る限り自然栽培にして、安心できる農作物をつくるとの方針にもとづき、畑作は、無農薬・無化学肥料で、米については、アオミドロという藻を減らすための除草剤を6月に1度使用のみで栽培を行いました。 また、粉炭を田畑に投入し、炭を使ったおいしくて安心できる作物の栽培を行っています。 当地では、農地が細かく細分化されており、大規模に機械を導入することには困難が伴いますので、現在のところ、トラクター、管理機、田植え機、除草機、刈取り・脱穀機のみを使用しています。 当地は、南アルプスのふもとに位置しており、きれいで豊富な伏流水が利用できます。これは、米作りにも適した環境を提供してくれており、自然の恵みをありがたく感じながら、今後、営農事業をどのように発展させるか夢を持ちながら進めております。  

2011年11月1日
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ストーブ用薪の製作

早川山守会は、2011年度の事業計画の一つとして、ストーブ用薪の製作を開始しました。近隣の山にある廃材、除伐材などを有効利用することが目的です。材を山から出してきて、それを36cmの長さにチェンソーでカットし、エンジン式薪割機を使ってストーブで使いやすい太さに割ります。これを山積みして、風通し良いところでひと夏乾燥させて出来上がりです。 早川山守会では、直径約22cmの束にして、針金の輪に詰めたものを販売しています。広葉樹ミックス一束250円です。ご自宅まで配達しています。但し、配達料は別途実費(ガソリン代プラス高速料金)をいただきます。ご関心の向きは事務局(電話:0556-48-2550、メール:shinichiro.ogura@nifty.com 担当 小倉)までご連絡ください。 エンジン式薪割機は、ナカトミのELS-7T(中国製、定価約12万円)を使用しています。スペック等は以下のとおりです。 破砕力 7トン 最大で径350mm、長さ450mmの丸太まで薪割り可能 4サイクルエンジン使用 排気量118ml 燃料はガソリン サイズ W1350mm×D700mm×H650mm 重量 82kg   サイクルタイム 20秒 2分割用と4分割用のカッターを装備

2011年11月1日
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いぶし竹の製作

早川山守会は、2009年度の事業計画の一つとして、2010年1月から2月にかけて炭焼き窯を製作しました。そして、現在、この窯にいぶし竹を製作するための木製の箱を取り付けています。 この箱の中に、燻したい竹を入れて、炭を焼くときの煙を導き「いぶし竹」を作ります。燻したい程度により、1日乃至3日間この中でいぶます。そうすると、表面が黒く色づいた竹ができます。このままだと煙の中にあったタールなどが付着していますので、これをストーブの熱や熱いお湯で溶かして布でふき取り、きれいに磨いてやると、黒光りしたうつくしい艶がでます。 但し、伐採して十分に乾燥できていない竹をいぶすと何日かして竹に亀裂が入って割れてしまうことがありますので、事前の乾燥(場合によると1年以上)が必要です。生竹をいぶすと水分が飛んで柔らかい部分は3分の2ぐらいに縮みますので節など硬い部分との間で、テンションが発生して割れてしまうのです。 それから、燻し方が不十分だと時間が経つにつれて、色があせてきますので、しばらくの間、経過観察をする必要があります。 また、竹の形をのこぎりなどで切って細工する時は、割れやすい形、すなわちテンションがかかりやすい形がありますから、このことも一応頭に入れていぶし竹細工を行います。竹は、孟宗竹、真竹、はちくなど用途に応じて利用します。

2011年10月31日
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間伐材を利用した農業用資材(粉炭)

早川山守会は、2011年度の事業計画の一つとして、間伐材を利用した農業用資材(粉炭)の製造事業を開始します。この事業は、緑の募金の運営機関である(公社)国土緑化推進機構の助成事業で、事業名は「早川流域水源林における間伐促進と間伐材の農業用資材(粉炭)としての活用」といいます。事業は2年間で行われ、初年度に230万円の助成金が入る予定です。同機構及び募金に協力していただいた日本紙業連合会に感謝申し上げます。 粉炭は、多孔質で1グラム当たり200~300㎥の表面積を持ちます。この表面に開いた孔は、有用微生物にすみかを提供し、有機物をエサに繁殖した微生物や炭の持つミネラル(カリウム、カルシウム、リン等)が、作物の生理を活性化し、植物を元気にします。また、土壌の保水性、通気性、保肥性を高め、根の機能を活発にします。 このため、有機物(落ち葉、稲わら、家畜ふん等)に1割程度の粉炭を混ぜたものを、例えば作物の根元に表土施用すると、農薬等をあまり使用しなくてもすむので、おいしくて安全な野菜等がうまく収穫できます。連作障害や酸性土壌のpH調整にも有効です。もちろん、植木鉢等で作る園芸にも利用できます。 本事業は、このように役立つ粉炭を間伐材から製造しようというものです。燃料に使用する木炭は、なら、樫等の硬い木を焼かなければ良いものができませんが、粉炭の場合は、多孔質にすればよいだけなので、針葉樹でも使えます。また、針葉樹を焼いて作った木炭は軟質のため、粉砕が容易であり、粉炭の製造に適しています。このようなことから、人工林の間伐材は粉炭の原料として適切に利用できます。 販売価格は、18リットル袋詰めで700円です。今年度は、試行期間なので約500袋製造予定です。事業がうまく回れば、将来は「木の駅」方式で、一般の方から用材に使えないいわゆる「c材」を購入することも目標にしています。そうすれば、山主さんが自分で持ち山の間伐をしてお金に換えることができるので、山林の間伐自体がもっと進むと思われます。 既に販売を開始していますので、ご関心ある方は 0556-48-2550(担当 小倉)までご連絡お願いします。                   「土づくりのお助けマン」農業・園芸用粉炭18リットル入り    

2011年10月31日
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間伐材を利用した自然派ログハウス

早川山守会は、2010年度の事業計画の一つとして、2010年6月から8月にかけてミニログハウスを試作しました。間伐材を有効に利用するための活動の一つとして取り組みました。   このログハウスは、内部の面積が4畳半と小さなものではありますが、間伐材を使用したものであり、また、他では見られないいくつかの特徴を持っています。第一に、小口径の間伐材を使用することから、通常販売されているログハウスにおいて工作されているグルーブという上下の丸太間の溝を掘っていません。この溝は、丸太間の隙間をなくすために作るものですが、早川山守会のログハウスでは、隙間を、わらを混ぜた山粘土などでふさぐため、グルーブの切削をする手間がいりません。このため、作業期間が大幅に短縮でき、また、必要な丸太の数も少なく出来ました。   次に、本ログハウスには、日本の伝統的な「焼き杉板」の技法を使って板材を処理してあり、塗料についても内部には「柿渋液」を塗装するなど、人に優しく、また、山小屋のような趣を持たせるようにしてあります。このようなことから、本ログハウスを「間伐材を利用した自然派ログハウス」と名づけました。   工事は、2010年6月から8月にかけて行われました。延べ100人日程度の労力を必要としました。工事に先駆け、工事担当者を南部町にあるログクラフト事業協同組合へ研修派遣し、基本的な技能を修得させました。また、工事開始後も、同組合から様々なアドバイスをいただきました。   作業の各工程でいろいろな苦労や経験などありましたので、以下にその概要について説明いたします。   工程1 まず、間伐材を切り出し、その皮むきをしました。皮むきについては、早川理事長から江戸時代に使われていた道具を借りることが出来、作業効率が上がりました。カナダなどで使われているドローナイフより小型の刃がついた切削道具ですが、なかなか使い勝手がよいです。 丸太は、秋から冬にかけて切り倒したものはカビがつきにくいですが、春の水をあげている期間に切り倒したものは、カビがついて真っ黒になりやすく、皮をむいた後、水で洗う、防かび剤を塗る等の注意が必要です。それから、木を切り倒してから、半年以上乾燥させると、材が硬くなり、チェンソーでノッチ(丸太の重ねあわせ部につくる切り込み)を切るときに苦労することになりますので、乾燥させる期間についても考慮する必要があります。 ノッチについては、普通のチェンソー(排気量40ccと50ccの2つ)を使って、ラウンドノッチと呼ばれる基本型でつくりました。まず、平行する上下の丸太の隙間が7cm位(正確なスクライブをし易い長さ)になるように、上の丸太の交差部をチェンソーでラフカットします。次に、2つの丸太を上下に組置きし、落ちないように「材木かすがい」で固定し、交差部における下の丸太のかたちを上の丸太に、スクライバーというコンパスのような器具(安いものは1~2万円、インターネットで購入できる)でていねいにうつしとります。この時、スクライバーの足端間隔を適当な長さに設定しますが、例えば、丸太の隙間の間隔が7cmで、スクライバーの足端間隔が6.5cmだと、仕上げ後の上下の丸太において5mmの隙間を残すことになります。うつしとった線は、チェンソーで削った際に消さないように最後まで残します。なお、下の丸太が上の丸太より細い場合に、オーバーハング部分がノッチの組み込みを邪魔することが起こりえますが、その場合は、下の丸太のオーバーハング部を少し削り取ることにより対処します。 チェンソーは、Still社のMS200(排気量39cc)とMS260(排気量50cc)を使用しました。ガイドバーは、彫刻用ではなく、普通のものでOKです。 工程2 次に基礎工事です。基礎は、ひのき丸太(直径30cm位)の独立基礎としました。丸太には、ACQ加工(Alkaline Copper Quaternary、防腐剤の加圧注入)を施しました。ACQについては、軽トラで静岡県清水港にあるモクサン(清水港木材産業協同組合)に持ち込んで加工しました。なお、ひのきは乾燥すると亀裂が入ったりして耐久性にやや難がありますので、出来れば、松や栗などの材を使った方がベターと思います。地面に丸太を設置した後、その上に、はしご形の根太をつくりました。水平は、水をいれたホースで確認しました。 工程3 基礎部分の上に一段一段、丸太を積み上げました。どの丸太をどの位置で使うかは一番難しい問題です。事前にすべての丸太に番号を打つとともに両端それぞれの直径を計っておき、窓枠や一番上の丸太の高さを水平に揃えるために、エクセルで計算しながら、丸太の選木をしました。おおまかには、細い丸太は中間部に使用し、下部と上部の丸太を太くすれば見栄えはよくなるようです。 工程4 上のほうの丸太は、チェンブロックで積み上げました。窓や入り口の開口部については、丸太の一方の端にしかノッチを切れませんので、他の端には、長さ20~30cmの鉄筋をダボうちして固定してあります。ダボの穴は、一応インパクトドリルでもあけることができます。雨で丸太が濡れている時など、丸太は簡単に滑落しますので大変危険です。十分な注意が必要ですし、開口部の丸太組みを作る際には、ノッチを切らない丸太の端が固定できるような治具を使用します。 工程5 15段目まで丸太を積み上げ、その上に屋根板を張る細丸太を2方向に設置しました。 工程6 棟木をほぞ切りと金具でとりつけ、その上に2x6材を、そして、その上にコンパネ板をはりつけました。縁には水きり用の金具をとりつけました。 工程7 屋根材を敷設しました。まず、アスファルトロールのシートを張り、その上に、アスファルトシングルをボンドと釘で敷設しました。更に、入り口ドア前のテラスを製作しました。 アスファルトロールの敷設は、雨漏りを防ぐ基本になります。釘穴や継ぎ目などについても、出来るだけシールすることがお勧めです。 工程8 窓枠とドアの取り付けをしました。ログハウスは、筑後5年間ぐらいかけて丸太が乾燥し、少しずつ沈下しますので、その対策が必要です。そのため、窓枠やドアの枠は、丸太端面につくった切り込み溝にはめ込むだけです。窓は、アンダーセン社の既製品を使いましたが、ドアは、ステンドグラスをはめこみ手作りしました。最後に、丸太の隙間を、わらを混ぜた山粘土とコーキング材等でふさぎ、また、外部をキシラデコールで、内部を柿渋で塗装し、完成しました。 窓開口部に刻んだ溝(ここに窓枠をはめ込み、丸太が沈んでも窓枠に影響しないようにする)完成したミニログハウスこのログハウスは、現在、早川集落内において、炭焼きの見張り小屋として利用されています。電気はありませんが、ランプの灯りでゆっくりとした時間を野生的な自然の中で過ごしてみたいという会員の方の体験利用をお待ちしています。 最後になりましたが、本ログハウス試作に当たり、南部ログクラフト事業組合の斉藤友一様には貴重な助言をいただくなど大変お世話になりました。この場を借りて改めてお礼申し上げます。 (了)

2011年10月31日
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竹林間伐と竹ハウスの製作

2009年10月から12月にかけて、早川集落内の居村と河原の間にある竹林の間伐を実施しました。ここの竹林は、過去長年にわたって間伐が行われていなかったので、竹林の中は暗く、居村から竹林を通して河原の風景がほとんど見えない状態にありましたが、2m四方に1本程度になるようにかなり強く間伐しましたので、間伐後は、太陽光が地表にさんさんと届き、風景の見晴らしもたいへん良くなりました。 上記竹林は、傾斜がきつく、間伐した竹を搬出するのに人手がかかりましたが、12月中旬にはこの地域の竹林全体(約0,2ha)の間伐材の搬出を終了することが出来ました。間伐材を約2m程度に切って軽トラで搬出しましたが、搬出された竹の量はかなり膨大で、一時的に積み上げたところ約500平米の土地が必要でした。竹の種類は、孟宗竹がほとんどでハチクと真竹が少しありました。孟宗竹の太いものは、胸高直径15cmありました。ついでに林の中にあった雑木数本も除伐しました。 この後、間伐した竹を利用して竹ハウス(昭和40年代に普及していた)を試作しました。竹の間伐材利用法の一つとして注目したからです。今回試作した竹ハウスは農業用ハウスのかたちをしており、そのサイズは、幅3.2m、長さ6.4m、高さ(アーチの頂部)3.1mです。けっこう大きな内容積を持っていますので、資材置き場などいろいろな用途に使用可能です。竹ハウスは、この他バックミンスター・フラーという米国の建築家が考案したジオデシックドームという正多面体のきれいなドームをつくることもできます。今回試作を行った手順を以下に説明します。 工程1 切り出した竹をナタとかなづちを使って縦に2等分又は4等分します。番線でしばって全長が8mになるようにします。竹は直径7cmぐらいのものが適しています。細すぎると折れやすいが、太すぎても柔軟性に欠けるので強く曲げたときに折れやすい。 工程2 間伐材(杉など)の支柱を地面に設置しました。支柱の長さは2m以上で行いました。設置後、地表からの高さを1.5mになるようチェーンソーでカットしました。 工程3 工程1で作った竹と支柱を竹がアーチ状になるように番線でとめました。その後、天井部分を細めの竹で補強するとともに、割った竹を斜めにわたしてアーチ部分を補強しました。後でブルーシートを全体に掛けますが、天井部分に雨が溜まらない様(重要)に、また、ブルーシートがしわにならないように配慮して、補強の竹を置いていくことが重要です。 工程4 最後に、ブルーシートを全体に掛け、紐等で竹に縛り付けました。 その後   2011年8月現在もこの竹ハウスを資材置き場として使っています。 この竹ハウスは、風には強く台風でも問題はありませんでした。しかし、問題は、雪対策です。大雪が降ると、ドーム部に30cm以上の雪が積もり、その重みに竹が耐え切れず、天井部が 10cmぐらい沈下し、シートが少し破れてしまいました。その後、太めの竹の支柱を立てて補強をしましたので、今度は雪が降っても大丈夫です。 なお、ブルーシートは安価で使いやすいのですが、耐久性に問題があり、長く使っていると強く張った部分に小さな亀裂が生じたりして雨漏りが発生します。この点は対策が難しい問題です。 (了)

2011年10月31日
by yamamori
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黒炭技法による炭焼き

早川山守会は、間伐材を有効利用する方法の一つとして、毎年、9月から翌年4月にかけて、炭焼きを行っています。ここでは、山の石(粘板岩)と粘土を使って作った「伝統的炭焼き窯」(内容積2.5㎥)を用いています。最近の窯は、ほとんどが耐火れんがやキャスターを使って作られていますが、これに対し、粘土の窯は、温まりにくく冷めにくい特徴があり、じっくりとした炭焼きができ、良い炭が生産できるという利点があります。 我々が現在行っている炭焼きは、「黒炭」という技法で行うものです。これに対しいわゆる「白炭」という焼き方があって、こちらは途中までは「黒炭」と同じ方法で焼きますが、最後のいわゆる「窯止め」(空気を遮断して窯内で4日間ほどかけて徐々に炭化させる工程)の代わりに、逆に窯口を徐々にあけて空気を窯内に入れ、より高温で焼き上げたものを熱いまま取り出して、灰で冷やすという技法です。いわゆる「備長炭」で、固くて火持ちの良い炭になりますが、火付きはよくありません。 早川山守会の炭焼き窯は、1回の炭焼きで、約100kg~120kgの木炭が焼けます。同時に、「木酢液」が50リットルほど取れます。木酢液は、水で薄めて園芸や農業に使用します。50倍程度に薄めて、樹木等に塗布すれば防虫効果を示します。また、100倍以上に薄めて、作物等に散布すれば、作物が元気になります。木酢液には、樹木が作る貴重な有用成分がたくさん含まれていますので、微生物の繁殖に向いており、繁殖した微生物が植物細胞を活性化したり、病原菌の繁殖を抑えたりするといわれています。しかし、酸性が強いので、濃いままで使うと植物が枯れたりしますので注意も必要です。また、タール分が含まれていますので、3か月以上静置したものを濾過して使うことが必要です。もちろん蒸留すれば、タールは分離できますが同時に微量有用物質も除かれる可能性があるので、一長一短でしょう。 早川山守会では、自然木のみを焼いた煙を冷やして、良質の木酢液や竹酢液を製作しています。また、とうがらしとニンニクを加えて発酵させた「木酢パワー液」も商品として販売しています。 2リットル入りペットボトルが750円(市価)です。 早川山守会の炭焼き歴はさほど長くありませんので、炭焼き何十年という名人のような知識・経験は持ち合わせませんが、初期の頃、失敗を繰り返しながら学んだこともいろいろありますので、ご興味のある方のご参考として、黒炭焼きの工程について、以下に説明します。   工程1  まず、炭にする木を集めます。良い炭や木酢液を作るためには、伐採後あまり日にちが経たないうちに、木を窯に入る大きさに切り、太さも小口直径で8cm位にそろえることが望ましいです。使う木はいろいろですが、楢(なら)や樫(かし)などの硬い木が最高です。杉、ひのきなどの針葉樹は、柔らかい炭になり、火力も弱く、一般の木炭製造には適しませんが、農業用粉炭などとしては使用できます。 工程2  準備した木を窯に詰めます。まず、「しきぎ」と呼ばれる木を窯の底に一面に敷きます。我々は、竹を2段にして敷き詰めています。そして、しきぎの上に、炭にする木を垂直に立ててぎっしりと詰めていきます。最後に、窯の天井との隙間(20cm位空ける)に「あげき」と呼ばれる端切れの木をこれも出来るだけぎっしりと詰めます。理由は後で説明しますが、窯の中にできるだけ隙間が空かないように木をきちんと詰めることが極めて重要です。また、窯の入り口にある木は燃えて灰になりますので、炭にしたい良い木は窯の奥またはサイドに入れます。 工程3  窯の口を、レンガ等でふさぎます。但し、窯口の下部に小さな空気取り入れ口を開けておきます。また、火入れ後しばらくの間は、窯口の上部に燃料となる木を投入する窓を開けておきます。窯の入口には、40cm×40cm×60cm(高さ)のサイズの燃焼室(写真参照)がつけられており、ここに燃料となる木を入れて、火をつけます。5~6時間の間、どんどん燃料(木)を入れて火力をあげるとともに、火を窯の中に入れるよう、窯口から空気を送り込みます。 燃焼室の火は、まず「あげき」に移り、あげきから立てておいた木に移り、上部から下部へ徐々に焼けていきます。この時、隙間があると全体に均一に火がまわらないので、工程2の窯詰めが悪いと生焼けの炭が混ざったりします。また、底に近い部分は焼けるのが遅く、良い炭にならないため、「しきぎ」は製品にはしません。 工程4  火を入れてしばらくすると、煙突から勢いよく白い煙が出てきます。これは、木に含まれた水分が蒸気となって出てきているものです。生木の重量のうち半分ぐらいは水で、火入れ後丸一日ぐらいかけて、白い煙が出続けます。この間は、煙の温度も上がりません。途中で鎮火しないよう、燃料を入れ続けます。燃料投入口は、窯内に火が確実に入ったと思われるときに塞ぎますので、燃料は、窯口下部の空気取り入れ口から入れます。 工程5  白い煙の匂いが少しイガラクなってきたら、煙突出口の煙の温度の計測を始めます。ある時を境に、煙の温度が徐々に上昇し始めます。この時点で、木の中の水分がほぼなくなり、窯内の温度が上昇するため、セルロースが熱分解し、そして、更に温度が上がるとリグニンが熱分解します。これらの熱分解は発熱反応であるため、これまで窯内の熱源として必要であった少量の酸素も必要なくなるので、空気取り入れ口はほとんど閉めてしまいます。煙突口の大きさも絞ります。燃料(木)の投入ももう必要ありません。 工程6  温度上昇後20時間程度、煙突出口の温度計測を続けます。また、煙の状況(色とにおい)を注意深く観察します。煙突出口付近の煙の色が透明になり、煙突出口の煙の温度が180度程度(マッチ棒を入れたら20秒以内に発火する)になったら、「窯止め」の準備をします。まず、煙突口を全開にし、窯口の空気取り入れ口を徐々に開いて空気を入れます。2時間程度、この状態を維持し、窯内の温度を最高にあげて、窯内の不純ガスなどを燃やす「精錬」と呼ばれる工程を経たのち、窯口及び煙突口を完全に密封し、空気が一切外から入らないようにします。少しでも空気のもれがあると、何日かして窯を開けた時に全部灰になっていますので、慎重に行います。 工程7  4日ぐらいたって、窯を開けます。まだ、火種が残っている可能性がありますので、窯口を開けるときは、徐々に、そして注意深くする必要があります。黒炭焼きの場合、うまく炭焼きをしても、生焼きの部分、焼きすぎの部分が多少は混ざると思います。窯の仕組みから考えて、全体が均一に焼けることはありえないからです。それに、温度上昇するまでの間は、窯内の木を少しずつ燃やす熱で温度を維持する必要があるので、どうしても入り口付近の木は灰になります。したがって、窯出しの時は、炭の選別をしながら行います。通常、窯内に入れた木の2分の1~3分の2ぐらいの容積の木炭ができます。 (了)

2011年10月31日
by yamamori
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伝統的炭焼き窯の製作

山の石と粘土を使った伝統的炭焼き窯の製作   早川山守会は、2009年度の事業計画の一つとして、2010年1月から2月にかけて炭焼き窯を製作しました。間伐した竹や雑木を利活用するための一つの有効なツールとして、現在も活用しています。 この窯は、早川集落の奥にあるシッコ山でとれた粘土と山の石(粘板岩)を使った伝統的方法で作られました。最近の炭焼き釜は、耐火セメントやキャスター(アルミナ)で作られるものがほとんどですが、早川山守会では、あえて伝統的方法を選択しました。粘土でつくられた窯は、温まりにくく、冷めにくい性質を持っていますので、よい炭が焼けます。 この窯は、上から見ると奥のほうが広がった楕円形をしていて、最も幅の広いところで1.6mで、奥行が1.7m、そして高さが0.7~1.2mです。内容積は約2.5立米あります。釜口には、幅60cm、高さ70cm、奥行60cmの燃焼室がつけられています。傾斜地を掘ってつくられました。 この窯において、1回の炭焼き(黒炭)により、100kg乃至120kgの炭が焼けます。また、出てくる煙を冷やして採取する「木酢液」は、1回当たり40乃至50リットルとれています。木の種類や乾き具合などによってその都度必要な時間数は変わりますが、火入れをしてから約3日間燃え続け、その後、いわゆる「窯止め」をしてから4日間空気を遮断して炭化を促進して、その後やっと炭として取り出すことが出来ます。よい炭を焼くには、窯止めのタイミングを逃してはなりません。窯の中は見えないので、煙突の直上の煙の色、温度、及び匂いで判断します。   以下に、炭焼き窯を製作した工程を紹介いたします。 工程1 窯底を掘り下げます。窯の仕上がりの大きさよりも30cmほど広く掘りました。掘り下げる奥中央に排煙口を定めます。排水溝の工事として、窯底中央に深さ20~30cmの溝を掘り、石、レンガ破片などを敷き詰めました。 工程2 次に、窯壁をつくりました。内側と外側に石で土留めをつくり、その中に粘土を入れてつき固めました。壁がある程度の高さになったら、内側の土留め石を必要に応じて取り払い、窯壁の表面が滑らかになるよう板や木槌で打ち固めました。理想的には20cm程度の厚さの粘土の壁が必要ですが、粘土を山から運搬する労力を少なくするため、粘土の壁にはところどころに粘板岩を入れ込んでつくりました。今回は約1tの粘土を運びましたが、それでも大変でした。乾燥すると粘土にひびが生じますので、ひびの部分には再度上から水で溶いた粘土を塗りつけて補修しました。また、ひびの発生を少なくするため、短く切ったわらを混ぜるのは有効でした。 工程3 次に窯の天井をつくりました。天井についても、昔の人は、石と粘土で作っていたそうですが、落下のおそれがあるので、今回は、型枠を組んだ後、中に鉄筋の骨組みを作り、最後にキャスターを流し込みました。 工程4 燃焼室と釜口を耐火煉瓦などでつくりました。最後に、雨よけの屋根と木酢液を採取するための煙突を太い竹をつかって設置しました。木酢液は強酸性ですので、鉄などは腐食されます。ステンレスは大丈夫ですが、窯の材料として金属を用いないこと及び窯の中に針金などの金属類を入れないことは、不純物を含まない良質の木酢液をつくる上で重要なことです。 早川山守会では、本炭焼き窯を使って、毎年9月から4月の秋・冬場にかけて、黒炭の技法で炭焼きを行っています。炭焼き体験などにご興味のある方は事務局(電話0556-48-2550 メールshinichiro.ogura@nifty.com )までご連絡ください。 早川集落のご先祖は、700年ぐらい前、近隣のシッコ山(標高900m)に集落を築いていたそうです。先日、山の中で炭焼き窯の跡を見つけました。昔の人達は、石と粘土でアーチ型の天井を作ったそうです。すばらしい技術ですね。 なお、窯の天井を作る時、型枠内に鉄筋を組んだ上でキャスターを流し込んで施工しましたが、鉄筋とキャスターの熱膨張率が違うので、「白炭」を焼く(窯内1000度C以上になります)場合に割れが生じたりすることがあります。今度作る時には鉄筋は入れないで施工しようと思っています。